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ものしりメモ
客家 パンダ 四川文明 長江のカワイルカ 三刀主義 三峡ダム 満学 兵馬俑
客家
客家は、もともと黄河中流の中原地方に住んでいたと言われ、紀元4世紀の東晋時代以降5回戦乱などに追われ、南下を余儀なくされたという。しかし、すでにそこには先住民がいるため、残された辺鄙な山岳地帯,広東,福建,江西の境界地方を中心にした一帯に定住した。人口は中国国内に4千万人、華僑、華人としては5百万人であり、国内では広東省に一番多く、江西省、四川省、福建省にも居住する。彼らの特質としては、戦略性、革命家、忍耐力があげられる。彼らは、中原の地を故郷とする正統漢族であることを誇りとし、周辺の漢族とはちがう方言である客家語を話す。邓小平、台湾の李登輝、シンガポールのリー・クアンユーは客家出身であり、さらに中華民国を建国した孫文や太平天国の乱の首領である洪秀全も客家である。客家とユダヤ人は共通点が多いが、後者の場合宗教を核としたのに対して、客家の場合は同郷意識である。
パンダ
古代の中国人は、パンダを「バク」と称した。BC2世紀に書かれた、中国最初のことばの解釈についての書「爾雅」によれば、パンダの外観はクマに似て、毛色は黒と白が交雑して生え、ヤタケと華桔竹を食べ、四川省に生息するなどと書かれている。また、前漢の文学者、司馬相如は、「上林賦」でパンダについて書き記している。唐代の白居易は、「貘屏賛」で、パンダを「皮は疫病よけになり、形は魔よけになる」不思議な生き物と、書いている。そして、1956年、考古学者たちは前漢の墓の中でパンダの頭骨が副葬品として置かれているのを発見した。現在、パンダは四川盆地の西方の岷山、邛崃山、相嶺、涼山の4つの山系に生息し、全国の90%以上が四川省に分布している。これまで、政府はパンダを保護するために狩猟を厳禁、また臥竜、王朗、白水江など10ヶ所の自然保護区を設置した。1980年、臥竜自然保護区はユネスコの「人と生物圏」の自然保護区ネットワークに参加した。パンダの自然繁殖率はかなり低いので、人工飼育・繁殖は不可能とされてきた。しかし、1978年9月8日、北京動物園で世界最初の人工授精パンダ「元晶」が生まれた。
長江のカワイルカ
カワイルカはアジアに3種類(揚子江、ガンジス河、インダス河)、南米に2種類(アマゾン河、ラプラタ河)が分布している。このうちアジアのカワイルカはいずれも、各国の経済開発によって生態系が破壊されたことが原因で、生存が脅かされてきている。中国ではカワイルカをバイジー(日本名はヨウスコウカワイルカ)と呼び、2千年もの間、河や湖で人々に親しまれてきたが、最近では生息数が減少している。中国科学院の調査では、20年前には約千頭のバイジーが生残していたが、現在では300頭足らずにまで減っているとのことである。バイジーは中・下流域にのみ生息しているが、この沿岸では近年、工場建設などにともなって河川の複合汚染が広がってきている。さらに上流では、大規模な水力発電ダムが建設され、その影響で川の生態系が大きく変わってしまいエサの魚も激減している。現在、中国政府はバイジーをパンダと並ぶ“国宝獣”に指定して保護している。
三刀主義
中国では昔、三刀主義といい、三種類の刃物を持っていれば食に困らないといわれた。三種類の刃物とは、理髪師の剃頭刀(カミソリ)、裁縫師の剪刀(ハサミ)、厨師の菜刀(包丁)である。
三峡ダム
賛否の論争を経て1993年に着工し、2009年に完工する予定である。投資額は約2兆9000億円。ダム本体の長さ2300m高さ185m、年間発電量は847億kw時と世界最大規模である。貯水量は393億立方mと日本ダム総貯水量の2倍もある。水没地域の約110万人が移住し、宜昌から上流の大都市、重慶まで長さ640キロの巨大なダム湖となる。ダム建設で水没などの影響を受ける文化財は約1100カ所。7割を占める重慶市では約500カ所で遺跡の発掘、250カ所で建築物などの移築や保存が行われた。
満学
「満学」とは、中国・満州族の歴史、言語、風俗、習慣、音楽、舞踏、服装、医薬にいたるまで広く民族文化についての研究である。
満州族はもともと遼東地方に住んでいた南方ツングース族に属する少数民族である。満州族の前身である明代の女真人の首長には文殊(満住)と名のったものが少なくなかった。16世紀末から女真族が急速に発展し、17世紀初めに大陸の支配者になると、女真という種族名を満州と改め、金という国号を冠した。国号はその後、清と変わった。清朝成立後、満州族のほとんどは故郷の満州を離れて中国全土に移住し、支配者になった。当時の人口は約十万人であった。軍団に編成され、全国の主要地点に集団的に散在、広大な支配地を設けて経済基盤を固めた。だが、圧倒的多数の漢民族のなかで生活するうちに、満州族の生活様式は漢民族に同化され、風俗習慣だけでなく、言語まで固有のものを失ってしまった。今日、満州語は新疆ウイグル自治区の一部でしか話されていないという。このままでは消滅してしまう恐れのある満州民族の遺産を後世に伝えるためにも満学研究会が結成されている。
兵馬俑
ズラリと並んだ兵馬俑は、一人ひとりヒゲの形や髪型が違っている。たとえばヒゲは、丸く整えられたもの、ほほを覆う立派なヒゲ、小さくまとめたあごヒゲなどさまざまである。また髪型は複雑に編みこまれている。今でほすっかり色が落ちてしまった兵馬俑も、かつては緑、赤、紫などの原色に彩色されていた。 図参照
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